不思議な世界感にどっぷり浸かれる "The Memory Police" by Yoko Ogawa

『The Memory Police』のカバーアート
著者: Yoko Ogawa, Stephen Snyder - translator
ナレーター: Traci Kato-Kiriyama
再生時間: 9 時間 8 分
完全版 オーディオブック
配信日: 2019/08/13
言語: 英語
Kindle版はこちら

Audibleの洋書に登場する日本作家は、村上春樹氏みたいに世界的にファンがいる作家や、文豪と言われる作家の作品は別として、それほど多くはない。吉本ばなな氏作品はイタリア語のほうが英語より多い。イタリアに熱狂的ファンがたくさんいるのでしょう。

小川洋子氏の作品は3つ出てます。どういう経緯で英訳、オーディブル化されるのだろう。小川氏のファンの翻訳家がいるのかも。私が翻訳家なら「絶対翻訳したい、させてください」と言い出すと思うからこれが理由かもしれない。

現在Audibleにある彼女の作品はこちら。
・The Memory Police(密やかな結晶)
・The Housekeeper and the Professor(博士の愛した数式)
・Revenge(寡黙な死骸みだらな弔い)
3つともとても素敵です。実は私は彼女の作品を日本語で読んだことがないのだけれど、英語で読んでも(聴いても)しみじみとじわーっと心に響きます。洋書を読む(聴く)ことがハードルが高いと思っている人がいたら、日本の作家の英語版の本はかなりおススメです。

余談ですが、「博士の愛した数式」の映画には怒りを覚えるほどがっかりしました。なぜ能が!?俳優への支払いで予算の大部分を使ったに違いない。がっかり。悔しい。あんなに素敵な作品なのに。

さて、このMemory Policeですが、大きさなど不明の島が舞台。政府(かな?)からある日突然「あるもの」がなくなるとお達しがある。それはモノだったり、職業だったり、果ては体の一部だったり。

人々はその「あるもの」を次々に捨てたり、燃やしたりしなければいけない。内緒で持っていたりするとメモリーポリスに逮捕されてしまう。メモリーポリスには誰も逆らえない。そして人々は少しすると、そのなくなった「あるもの」がなんだったのか、それはどういうモノだったのかなど、そのモノについての記憶を失ってしまう。

人々の中には主人公の母のように、まれに記憶を失わない人がいて、メモリーポリスはその人たちを執拗に探し出し、連れ去っていく。この記憶を失わない人を匿ったりすると、匿った人も逮捕されてしまう。逮捕された人がどうなるかは誰もわからない。だから皆メモリーポリスを恐れている。

世界からひとつひとつモノが消えていく。それでも人々はそれが当たり前のように生活を続ける。聴いていると、主人公と共にこの不思議な世界に当たり前のように住んでいる気持ちになり、人々とともにメモリーポリスを恐れ、リアルにハラハラドキドキします。じんわりと広がる絶望感、そしてなぜ絶望すると思ったのかも忘れていく。この不思議な感覚は、どこかで経験したと思ったら、それは村上春樹氏の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の壁の中の世界でした。

読後感は決して明るいものではありません。ある日突然UFOに連れていかれて、元の世界に戻されて、あれは夢だったのか現実だったのか…とふと思う感覚に似てると思う。UFOに連れ去られたことがないからわからないけれど。

おすすめ度:★★★★★
彼女の作品は超おすすめです。他の2つも聴いてほしい。